2016/08/20

 ヤッピー俺だ俺俺俺だよ。オーハハハハハ、どうも、言葉をします。

 十年ぶりにフジロックに行きました。「十年ぶり」と言える歳であることを踏まえますと、やはり中年に近付いているのだなと痛感します。というわけで何かと加齢のせいにしてみていて、やれ寝起きが辛い、大盛りご飯がキツい、野菜がおいしい、味付けは薄く、フィッター、ハピア―、いつもきれいでいろ、など、適当なことの理由としています。コンビニに行けばサプリメントが気になりつつも、ハードな効き目が予想される医薬品には心のクッションを置き、ヘヴィリーな食事、飲料などに注意を払いますが、出来る限りで構わないからとのことなので、出来る限りです。ヤなもんですね、こういう会話が「誰が相手でも使える普遍的な話題」になったらシマイですよ、そんなねえ、いつまで経っても健康の話でギャーピー赤子みたいに散らしてないで大人になれって言うんですよ。誰が?俺が。

「誰が相手でも使える普遍的な話題」というのは最近の主題であって、例えば仕事先、あるいは社会的な場から要求されます。自分のターンが来たとき、私は場から雰囲気をチェックして手札から好きなカードを1枚だけプレイする。それが例えば「天気」「道」「ラーメン屋」「新しいApple製品」であると、事故率は低い。事故率が低ければ低いほど、私の攻撃力と防御力はそれぞれ最大5増加する。するが、面白いワッキャないんだそんな話題んだァオイ、天気なんかァー分からァオイラだってお天道様を見てるものお天道様がオイラんこと見てるように覗く深淵覗かれ深淵、道だっていつも迷ってばっかりだしラーメン屋だってべべッべ別に興味なないがなんかいわゆる二郎系?みたいのもまあまあ好きだが個人的には淡麗な味わいのほうがベターでござるのだが拙者ヲタクではござらん。

 はい、じゃあ「「普遍的な話題とは」という話に関して終止符を打ちますが(次に打つのは読点です)、そんなものは“存在しない”ってことなんですよ(読点です)、いいですか(読点です)、僕はねえ(読点です)、そういうのがイヤだから社会どころか大学だって出られなかったんじゃないか?(クエスチョンです)“みんなと同じ話題”なんか無理で、それを曲解した末になんか微妙に分かりにくい曖昧な人生になり、なっていくのをやっているわけですよ、“レールの上の人生”というような考え方を逆に過信する勘ぐりかもしれませんが、社会への憤りや辛みを原動力として人間になってしまった以上これはもう仕方がない、だって結局ニルヴァーナとか本当に好きじゃんか、フジロックの隅っこのテントで一瞬流れたSmells Like Teen Spiritでオギャ〜って盛り上がったじゃんかオギャ〜ってお前そりゃティーンやなくてポスト胎児 In Uteroやないか猟銃でやめさせてもらうわバーンバンバーンっつって」

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